『なんとなく、そう感じる』らしい

 野球狂の詩という水島新司の漫画。水原勇気が有名ですが、それよりも僕の印象に残っている話がある。印象に残っているといいながらタイトルを忘れる始末。以下記憶を頼りに書いている点はご容赦を。

 ストーリーの前段は省略。ある理由(結構泣ける)から素人のおっさんが東京メッツの一日オーナーになる話。で、その日は勝ち試合の後にも係わらず、この素人のおっさんはメッツの試合内容に文句を言う。監督も選手も最初は素人の戯言と思って聞いているが、その指摘が逐一的確。素人だから技術的なことは何も。ただ『なぜ試合に集中しないんだ!』と怒り、『野球に申し訳ないやろ。』というような言葉を言ってたと思う。

 漫画内の設定では彼の“素人おじさん”はラジオ実況と息子から聞いた野球知識しか無かった。限られた情報でも真理にはたどりつくことが出来て、かえって本業としているプロの方が見えていないという印象を受けるお話だった。

 転じてサッカーの話に。カサトレ京都雑文日記(本サイト)で最近よく登場する、『ウチの親父』。サッカーは少年時代にやってはいたが、専門知識は無いに等しい人物。学は無く、今で言うところの“元ヤン”である。情報源はスポーツ新聞とテレビ(地上波、NHK-BS)のみ。試合途中で健康体操始めてしまったり、『おやつ食べよ。』と試合全編見てないこともしばしばである。そういう人間が、こちらが『驚かされる、ハッとする』ような的確な指摘をしたり、スポーツ新聞の『嘘と本音と真実のカオス』をきっちり分類出来ていることにビックリすることがある。

 思えば昔はVTRなど無かったわけで。新聞記事やニュースなども『質が下がった』などと親父は言ってるが、情報量そのものは昔の方が少なかった。そこから真理を掴もうとする“集中力”というのは、年長者には敵わないのではないかという気がしている。

 最近のJや代表など日本人選手に対してのテーマは、『旧ウイングの位置が有効に使えてない。』、『単独ドリブルが必須な時になぜしない(カウンターチャンス)』らしい。だから先日の浦和は『面白かった』と高評価であった。1対1の強さとトラップの精度については、『出来ないもんは仕方ない』と諦めモードである。